日本版eNotary解禁と契約DXの現在地・未来像

オンライン会議で発言するスーツを着たビジネスパーソン

1. 日本版eNotary解禁のインパクト

2020年のコロナ禍以降、書面押印等を要求するいわゆるアナログ規制が急速に緩和されています。例えば、2021年9月成立のデジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律(整備法)*1 により、下記のような契約・書面等のDX(デジタルトランスフォーメーション)が大幅に解禁されました。  

  •  押印見直しの具体例
    • 媒介契約(宅地建物取引業法34条の2第11項・第12項)
    • 重要事項説明書(宅地建物取引業法35条8項・9項)
    • 契約内容に関する書面交付(宅地建物取引業法37条4項・5項)
    • 鑑定評価書(不動産の鑑定評価に関する法律39条)
  • 書面要件の見直しの具体例
    • 上記宅地建物取引業法関連
    • 受取証書/領収書(民法486条2項)
    • 定期借地権設定契約・定期建物賃貸借契約(借地借家法22条2項・38条2項)※事業用定期借地権設定契約(借地借家法23条3項)は整備法の対象外

このように、これまで各分野横断的に契約DXが解禁されてきましたが、赤字でハイライトした「事業用定期借地権設定契約」等の契約類型はいわゆる「公正証書」での作成が要求されているため、現時点では契約DXが解禁されていません。

しかし、最も厳格とされている司法手続(民事訴訟手続等)ですらDXが進む時代*2においては、少なくとも公正証書についても本来の制度趣旨を損なわない範囲でDXの選択肢を許容することが必要と考えられます。

そこで、契約DXの最後の砦として残っていたデジタル手段による公正証書作成(日本版eNotary)が解禁されることとなり、その概要*3は以下のとおりです。

  1. 解禁時期については、2025年末頃までを目指すとされています。
  2. デジタル手段(電子署名等)で作成された公正証書の原本は、デジタルデータとなります。
  3. 公正証書の作成については、これまで原則として公証役場における公証人との対面が必要とされていましたが、下記のとおり一定の場合にウェブ会議が解禁されます。
    • ビジネス目的で利用される公正証書は、当事者のデジタル対応力や当事者の自由意志確保が容易であるため、ウェブ会議の利用が広く認められます。
    • 遺言公正証書等個人が作成する書類については、当事者のデジタル対応力や当事者の自由意志確保について慎重な判断が必要であるため、限定的にウェブ会議の利用が認められます。
    • 保証意思宣明公正証書(民法第465条の6、第465条の8)は、書類作成に慎重さを求めるためにあえて厳格な手続を要求しているため、ウェブ会議の利用は認められません。

上記のとおり、公正証書DXといっても書類の種類は利用者のデジタル対応力等により千差万別であるため、慎重な利用が推奨されます。類似の問題として、不動産の売買取引に係る「オンラインによる重要事項説明」(IT重説)の問題があり、国土交通省は詳細な「ITを活用した重要事項説明実施マニュアル」*4を作成しています。公正証書DXが実現される際には、同様に利用者保護を目的としたマニュアル等の作成が望まれます。

2. 契約DXの現在地

1. 紙と押印の効果

2020年のコロナ禍以降、デジタル庁設置等による日本全体のDXが急速に進展しています。契約についても、これまで紙の契約書に押印をすることが当然と考えられてきましたが、紙と押印の効果についても再検証がされています。例えば、2020年6月に法務省等が公表した「押印についてのQ&A」*5では、押印があることによる立証の容易さを認めつつも、「相手方による反証が可能なものであって、その効果は限定的」と指摘しています。

2. 契約DX

振り返って考えてみると、契約書その他の書面に押印をする場合、実印(法務局に印鑑登録をしている正式な印鑑)と認印(実印以外の印鑑)を使い分けていることに気付きます。認印の場合、印鑑証明書等による本物であることの確認が容易ではないので、認印を押印する場合の効果は限定的です。

そして、契約については、相手方がその契約を否定した場合のリスクが高い契約(高リスク契約、例えば契約金額が大きいもの)と、相手方がその契約を否定した場合のリスクが低い契約(低リスク契約、例えば契約金額が小さいもの)に分けられます。

したがって、各企業ではこれまで認印対応をしてきた低リスク契約から契約DXを進めていると思われます。また、高リスク契約類型についても、例えば法務省等が電子署名法第3条の解釈について公表している「3条Q&A」(2020年9月公表、2024年1月一部改定)*6において言及しているいわゆる二要素認証を活用すること等により、契約DXを進めることができます。

3. 契約DXの未来像

1. 契約プロセス全体のDX

紙と押印で作成してきた契約書や公正証書について、電子署名を活用してデジタル手段で作成したとしても、それは、契約プロセス全体からみれば一部に過ぎません。すなわち、契約プロセスを大きく分けると、「①ビジネスの発案、②相手方との基本条件交渉、③相手方との契約内容の交渉、④契約締結、⑤契約履行」の5段階に分けられますが、電子署名による契約DXは④の部分をDXしたに過ぎません。

2. データ活用による法務機能強化

企業にとっては、自らが締結する契約内容においていかに自らの権利を確保し不測の事態に備えるかが重要ですので、上記プロセスの④に加えて、②③が重要です。例えば、不動産や事業の売買契約の場合、売主としては、自らの責任を合理的に制限する必要がある一方で、買主としては不測の事態が起こった時には売主の責任を追及できる契約にする必要があります。このように、契約においては利害対立があるため、双方が自己に有利な契約条項を獲得するために交渉することになります。この契約交渉は、経験豊富な法務部メンバーや弁護士等の経験と勘に基づいて行われてきましたが、過去の契約データや最新の裁判例・法令情報といった膨大なデータを活用することで、全ての法務部・営業部のメンバーが高い契約交渉力を身に着ける可能性があります。このように、データを活用した契約交渉力を高めることで、各社法務部の戦略法務機能を高めて法務機能を強化することができます。

上記の動きをサポートするものとして、AI等を活用したリーガルテックが台頭してきており、2023年8月には法務省から「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第 72 条との関係について」*7が公表され、リーガルテックの合法性に関する整理がなされています。

したがって、各企業としては、契約締結プロセス全体のDXを進めて業務効率化を図るとともに、データ活用による法務機能強化を進めて、今後のタフな交渉に備える必要があります。

 

宮川賢司弁護士
筆者
宮川 賢司
アンダーソン・毛利・友常 法律事務所 スペシャル・カウンセル弁護士
公開